夢香

コラム

墨の匂いの正体 — 膠という素材のこと

2026-08-04

あの匂いは、煤ではない

墨を磨ると、部屋にひとつの匂いが立つ。甘くて、少し薬っぽくて、乾いた土に近い。多くの人が「墨の匂い」と呼ぶあれの正体を、私は長いこと煤(すす)だと思っていた。黒いのだから、匂いも黒の側から来るのだろうと。

違った。墨という棒は、たった三つの材料でできている。煤と、膠(にかわ)と、香料。このうち匂いの芯にあるのは、黒を作っている煤ではなく、その煤をひとつに固めている膠のほうだ。煤そのものは、指でこすってもほとんど無臭に近い。匂いは、黒を支える裏方から立っている。

膠は、動物からできている

膠は、牛や鹿の皮や骨を長く煮出して取る、動物性の接着剤だ。成分はほとんどがコラーゲン。木工や日本画の絵の具でも同じものを使う。煤はそれ自体では紙にも硯にも定着しないから、この膠が煤の一粒一粒を包み、紙に留め、乾いてから艶を出す。墨づくりとは、煤を膠で練り固めて棒にする仕事だと言っていい。

だから墨の匂いは、煮こごりや古い革に通じるところがある。おろしたての墨がどこか甘く重いのは、この膠がまだ若く、たっぷり生きているからだ。そして墨が古びるとは、この膠が枯れていくということでもある。青墨と茶墨で書いたように、古墨(こぼく)が角の取れた色と匂いに変わるのは、年月のあいだに膠が落ち着き、甘さが引いて土の側へ寄っていくからだ。

墨を磨る、あの少し生ぐさい甘さ。あれを嗅ぐたびに、私は自分が動物からもらった素材を手で溶かしているのだと思う。

薬のような香りは、あとから足したもの

では、墨のあの「すっと涼しい」香り——鼻の奥を通る薬のような清涼感はどこから来るのか。あれは膠でも煤でもなく、墨づくりの最後に加えられる香料だ。多くは龍脳(りゅうのう)。樟脳に似た、涼しく透る香りの結晶で、これが膠の生ぐささを抑え、墨の匂いを品のいい方向へ引き上げている。上等な墨に麝香(じゃこう)や白檀を効かせたものもある。

香料が入るのは、匂いを飾るためだけではない。膠は動物質だから、湿気と時間で傷んで匂いが濁ることがある。龍脳の清涼感は、その傷みを覆い、防ぐ役目も兼ねている。私が墨を選ぶとき、値の張る一本を磨ってまず確かめるのはこの香りの通りだ。膠の甘さと龍脳の涼しさの釣り合いが取れている墨は、磨っていて呼吸が深くなる。書く前に香を焚くのと、墨そのものが香るのとは、私のなかで地続きにある。

膠を切らした墨で、失敗した話

膠は、墨の匂いの正体であると同時に、扱いの難しさの正体でもある。

梅雨どき、古い墨を磨っていて、いつもより匂いが濃く、粉の溶けが妙に速い日があった。膠が湿気で緩んでいたのだ。そのまま半切(35×136cm)に太い線を引いたら、乾いたあとに墨が痩せ、艶が出ず、こすると粉が浮いた。膠が弱った墨は、黒は出ても紙に留まる力を失っている。線が生きていても、定着していない。その日の分はすべて反故にした。

以来、匂いで墨の状態を読むようになった。甘さが濁って饐(す)えた匂いに寄っていたら、その墨は膠が傷んでいる。逆に涼しさだけが立って甘さの薄い墨は、乾きすぎて磨りにくい。墨は乾いた涼しい場所で寝かせ、直射日光と湿気を避ける——硯の手入れと同じで、素材の側の事情を知らずに使うと、必ずどこかで足をすくわれる。

墨の匂いは、飾りでも風流でもない。煤を留める膠が今どういう状態にあるかを、鼻に直接教えてくれる報せだ。磨りながら匂いを嗅ぐことは、その一本の墨と、今日ちゃんと話せているかを確かめることでもある。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。