コラム
一発勝負の書は、どこで決まっているのか — 揮毫パフォーマンスの舞台裏
2026-08-03
一発勝負は、本番の前にほとんど終わっている
人前で大きな紙に一気に書く揮毫パフォーマンスを、その数分間の集中で決まるものだと思われることが多い。実際は逆だ。本番で私にできることは、前日までに準備したものを取り出すことだけで、書きながら考える余地はほとんどない。ロゴの仕事なら何十枚も書いて一枚を選ぶけれど、揮毫は選び直しがきかない。だから準備の質が、そのまま一枚の質になる。
まず墨だ。半切一枚ほどの作品なら硯ですれば足りるが、畳数枚ぶんの紙に太い筆で一気に書くとなると、硯にたまる墨では途中で尽きる。前日に、乳鉢のような大きな器で墨液をまとめてつくっておく。青墨と茶墨のどちらを使うかは会場の照明で決める——白い蛍光灯の下なら青みが冴え、電球色の会場なら茶墨のほうが沈んで見える。すった墨の匂いが控室にこもるあの時間が、私にとっては本番の入り口だ。
会場に着いてまず触るのは、紙ではなく床
依頼を受けて会場に入って、私が最初に確かめるのは自分の立ち位置と床の状態だ。大きな紙は床に広げて書くから、その紙が滑るかどうかで筆の速度が変わる。フローリングの上にそのまま紙を置くと、太い線を引いた瞬間に紙が数センチ動いてしまうことがある。だから四隅を養生テープと文鎮で必ず留め、紙の下に毛氈を敷けるなら敷く。書く前に一度、筆を持たずに書く動作だけを空でなぞって、足がどこを踏むか、体のどこで止まるかを確かめる。手首ではなく、背中と足で書く感覚を、その場の床で一度つくり直しておく。座って書くときの姿勢とはまた別で、立って書くパフォーマンスでは足の置き場所がすべてを決める。
筆にも下ごしらえがいる。太い筆は芯まで水を含ませておかないと、最後の一画で墨が切れて線が割れる。かといって含ませすぎれば、書き出しでぼたりと落ちる。本番前に一度、いらない紙で試し打ちして、いまの筆がどれだけ墨を蓄えているかを手に覚えさせる。この試し打ちの一枚が、当日の湿度と墨の濃さを教えてくれる。
滑って失敗した一度が、いまの準備をつくった
一度、はっきり失敗したことがある。ある会場で、床の確認を省いてしまった。控室で墨をすり、筆も整えて、準備は万全のつもりだった。ところが本番、大きな一画を勢いよく引いた瞬間に、留めきれていなかった紙の下端が滑って波打ち、線が途中でぶれた。人前で、書き直しはきかない。あのときの、手は正しく動いているのに紙のほうが逃げていく感触は、いまも忘れない。それ以来、私は墨や筆より先に、床と紙の固定を確かめるようになった。準備というのは、上手く書くための仕込みではなく、失敗の芽を一つずつ潰しておく作業なのだと、あの一枚が教えてくれた。
だから揮毫パフォーマンスの一発勝負は、度胸や勢いで乗り切るものではない。本番の数分は、前日の墨すりと、会場に着いてからの床の確認と、試し打ち一枚の積み重ねの上に立っている。人前で書くその一瞬は、二度と同じかたちにはならない一期一会の一枚だからこそ、私はその手前の見えない準備に時間をかける。パフォーマンスのご依頼を考えている方は、まず会場の広さと床、照明だけ教えてほしい。残りの準備は、私がその条件から組み立てる。これまでの揮毫の仕事はClient Worksにまとめている。
