夢香

コラム

社名やロゴを書に、と頼まれたら — 私がまず決める一つのこと

2026-07-22

その名前は、どこに置かれるのか

社名やロゴを書で書いてほしい、という依頼を受けたとき、私が最初に尋ねるのは名前の意味でも画数でもない。「その字は、どこに、どのくらいの大きさで置かれますか」ということだ。看板に彫るのか、名刺の隅に小さく載るのか、ウェブサイトの白い画面に浮かべるのか。同じ三文字でも、置かれる場所で線の太さも余白の取り方も変わる。書は紙の上で完結する作品だと思われがちだが、ロゴは使われて初めて生きる。だから私は、書きはじめる前に、その字が最後に立つ場所を頭のなかに置く。

半紙にまず一度、依頼された社名を書いてみる。墨をすって、いつもの筆で、素のまま。この一枚は納品するためではなく、その名前が私の手のなかでどう転がるかを確かめるための一枚だ。字面のバランス、はねの向き、二文字目と三文字目のあいだにできる白。書いてみて初めて、看板向きの字なのか、小さく縮めても残る字なのかが手でわかる。

一発ではなく、何十枚から選ぶ

揮毫のパフォーマンスと違って、ロゴの仕事は一発勝負ではない。むしろ逆で、私は同じ名前を三十枚、五十枚と書く。書いた紙を稽古場の床にずらりと広げ、少し離れて立ち、消していく。「上手いけれど、この会社の顔ではない」という一枚から先に外す。残った数枚を壁に仮に貼り、翌朝もう一度見る。夜に良く見えた線が、朝の光では硬すぎることがある。名前は毎日目にされるものだから、一晩置いて飽きない線を選ぶ。

一度、失敗したことがある。ある依頼で、いかにも書らしい勢いのある一枚を自信をもって納めた。太い線に大きなかすれの入った、床に広げたときは一番目を引く字だった。ところが名刺サイズに縮小したら、そのかすれの繊細な飛沫が潰れて、ただの掠れた黒い塊になってしまった。大きな紙で美しい線が、小さくして残るとは限らない。それ以来、ロゴの候補は必ず実際に使われる最小サイズまで縮小して、線が耐えるかを確かめてから選ぶようにしている。書の見せ場であるかすれの美しさも、使われる場所を測らなければ独りよがりになる。

線に、名前の意味を通す

どこに置かれるかを決め、耐える線を選んだうえで、最後に通すのが名前の意味だ。私は書く前に、その会社や店が何をしているのかを必ず聞く。手仕事の工房なのか、人の速さを扱う仕事なのかで、同じ一画の速度が変わる。ゆっくり止めて置く線と、走らせて抜く線とでは、字が背負う気配がまるで違うからだ。名前に使われる漢字それぞれの成り立ちについては名前に人気の漢字にも書いたが、ロゴでは意味を説明するのではなく、線そのものに通す。読んで理解する前に、目が受け取ってしまう速さで。

だから社名やロゴを書く仕事は、代筆ではないと私は思っている。その名前を、三千年以上続く書の線のなかに預かって、もう一度この世に立たせる仕事だ。一本の線が名前を背負うということについては一本の線に宿るものに、これまでお引き受けした揮毫の仕事はClient Worksにまとめている。名前を書で、と考えている方は、まず「どこに置くか」だけ決めて相談に来てほしい。残りは、私が何十枚も書きながら一緒に探す。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。