夢香

コラム

左利きは、右手に直したほうがいいのか

2026-07-29

「左利きだけど書道はできますか」は、いちばん多い質問のひとつ

TikTok LIVE で筆を動かしていると、コメント欄にこの質問がよく流れてくる。世界中の、まだ筆を握ったことのない人からだ。だから先に結論を書く。できる。そして、右手に直す必要は必ずしもない。ただ、直さないと決めるにも、直すと決めるにも、知っておいたほうがいいことがひとつある。書という三千年以上続く伝統が、右手のためにできあがっている、という事実だ。

これは左利きを否定する話ではない。むしろ逆で、その仕組みを知っておくと、左手で書くときにどこでつまずくのかが先に見える。見えていれば、つまずきは失敗ではなく、ただの段取りになる。

楷書は、右手が「引く」ために形になっている

横画は左から右へ進み、右払いは右下へ抜ける。この向きは、右手が筆を手前に引く動きに合わせて、長い時間をかけて洗練されてきた。右手なら、右払いは自然に引く動作になり、穂先が最後まで一方向を向いたまま抜ける。ところが左手で同じ払いを書こうとすると、それは「引く」ではなく「押す」動きに変わる。押すと穂が寝きらず、毛先が割れて、線の終わりに墨がぼてっと溜まりやすい。

私自身、左利きの人が何を感じているのかを知りたくて、数ヶ月、左手だけで半紙(24.3×33.3cm)に楷書を書いてみたことがある。いちばん戸惑ったのは右払いだった。抜きたい方向に筆が向かず、紙を押してしまう。線の末端が思うように細くならない。そしてもう一つ、技術以前の物理的な問題にぶつかった。右へ書き進めるほど、書いたばかりの墨の上を自分の手の側面が通っていく。半紙が擦れ、手の小指側が真っ黒になり、袖口が汚れる。右利きでは起きないことだ。

私の答え——直すかどうかは、手ではなく目的で決める

だから私は、一律に「右手に直しなさい」とは言わない。判断は目的で分ける。子どもが教室に通い、段位や将来の古典臨書を見据えるなら、右手を勧める理由はある。手本も評価も右手を前提に組まれているからだ。けれど大人が趣味として、自分の表現として書に向かうなら、無理に直さなくていい。左手には左手の線がある。それを右手の劣化版として矯正するのは惜しい。

そのうえで、左手で書くと決めた人に伝えたい具体がある。まず紙を少し右に傾けること。右利きが左へ傾けるのの、ちょうど逆だ。こうすると手が書いたばかりの墨の上を通らずに済み、擦れと汚れが減る。筆の持ち方そのものは、右利きと変えなくていい。数ヶ月書いてみて私が思ったのは、直すべきは手ではなく、線に込める力の向きの意識だということだった。右払いが押しになるなら、押すなりに、抜く瞬間だけ力をふっと抜く。それだけで末端の溜まりは目に見えて減った。

持ち方の基本ははじめての筆の持ち方に、力みをほどく体の使い方は姿勢と呼吸に書いた。大人になって書を再び手にする人は大人の再開も合わせて読んでほしい。利き手は、書けるか書けないかを決めない。決めるのは、一本の線をどう引きたいか、そのほうだ。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。