夢香

コラム

「和」の読み方・意味・書き方——三つの声を持つ字

2026-11-04

三つの読みは同じ根から来る

「和」には三つの声がある。音読みの「わ」(平和、調和、和食)、訓読みの「やわらぐ」(気持ちがやわらぐ)、そして「なごむ」(場がなごむ)。日本語の中で「和」は途方もなく使われる字だが、三つとも少しずつ語感が違う。「わ」は概念としての調和、「やわらぐ」は固いものが解けていく動き、「なごむ」は空気全体が落ち着いていく感覚——同じ字なのに、使う場面によって温度が変わる。

書家として毎朝墨を磨るとき、私はときどきこの字を紙に当ててみる。「和」と一字書いて、訓読みを頭の中で声に出す。やわらぐ——なごむ——わ。三つが順に来るとき、筆の呼吸も微妙に変わる気がする。「やわらぐ」と念じると緊張が解けるように払いが伸び、「なごむ」と念じると着地が静かになる。読みが呼吸を変える、という感覚は理屈ではなく、稽古の中で積み上がってきた。

禾と口——なぜ稲と口で「和」になるのか

象形から楷書への変遷を辿ると、「禾」は実の重みで穂を垂れた稲の姿だ。右側の「口」は文字どおり口。稔った稲を収めて口に運ぶ——あるいは分け合って食べる——その均衡がこの字の原形にある。

稲を分け合うから「やわらぐ」。食卓が落ち着くから「なごむ」。概念としての「和(わ)」も、共に分かち合う場から育った。三つの読みがばらばらでないのは、根が一つだからだ。大和(やまと)という言葉が日本の古称になったのも、農耕と稲を中心に「和」が国の有りようと重なっていったからではないかと思っている。和食・和室・和服——「和」が日本らしさを意味する接頭語になるのは、その延長だ。

一字を書くとき——左右の重心を合わせること

楷書の「和」は八画。左の禾(五画)と右の口(三画)で構成される。難しいのは、左が大きく右が小さいのに、両者が対等に見えなければならないことだ。禾偏の縦をわずかに内側(右)へ傾けること、口の上辺を禾の横画と同じ高さに合わせること——この二点で均衡の骨格が整う。

私が最初に崩していたのは、禾の最後の点を打つ瞬間に気が散ることだった。点を打ち終えると筆が浮く。その「浮いた隙」に、口への意識が途切れる。禾と口のあいだに見えない壁ができる。禾の終わりと口の始まりを一本の見えない線でつなぐつもりで書くと、大小の違う二つが初めて一字として落ち着く。八画の組み方の詳細は「和」を書く——禾と口が出会う場所に書いた。

三つの読みを持ちながら、根は一つ。禾と口という成り立ちが「やわらぐ・なごむ・わ」の三声を育て、稽古の手はその根に返っていく。

夢

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。