コラム
全紙を額装するということ — 84×160cmの重さを、壁に預ける
2026-07-20
書き終えてからのほうが、重い
全紙を一枚書き上げると、床に広げたまましばらく動けなくなる。墨が乾くのを待つあいだ、私が考えはじめるのはいつも同じことだ——この紙を、どうやって人の目の高さまで持ち上げるのか。線を引くのは数十秒でも、それを壁に預けられる形にするには数週間かかる。個展のために大きな作品を仕立てていて、書くことよりも額装のほうが重い、と私はいつも思う。
84×160センチ。半切(35×136cm)の倍近い面積で、書いた紙を巻くと、二の腕ほどの太さの筒になる。それを抱えて表具店まで運ぶとき、紙は思ったより重くない。重いのは、この一枚が失敗できないという事実のほうだ。半切なら書き損じても翌日また書けるが、全紙はにかわの匂いのする大判の紙を一枚使い切る。書く前から、私は仕立ての段取りを頭に置いて筆を持っている。
アクリルか、素のままか
大きな作品を額装するとき、最初に迷うのはガラスやアクリルで覆うかどうかだ。埃や湿気から守るなら覆ったほうがいい。けれど覆うほど、書は観る人から遠くなる。
一度、全紙の作品にアクリルをかけて会場に持ち込んだことがある。北の窓から入る光がアクリルの表面で反射して、正面から見ると自分の姿がうっすら映り、肝心の墨のにじみが見えなかった。立ち位置を変えれば消えるとはいえ、作品の前で観る人に「映り込まない場所」を探させるのは、仕立ての失敗だと思った。それ以来、大作は低反射のアクリルにするか、思い切って素のまま額装するかを、飾る壁の光を見てから決めている。麻布十番の会場は北窓のやわらかい光だから、今回の何点かは覆いを外す。書の紙は、じかに空気に触れているほうが呼吸する。
浮かし額装という判断
もうひとつの分かれ道が、紙を台紙に貼るか、浮かせるかだ。私は全紙の作品では浮かし額装を選ぶことが多い。作品と台紙のあいだに数ミリの隙間をつくって浮かせると、和紙のわずかな凹凸と、墨が縁でかすかに盛り上がった質感が、光の角度でそのまま見える。台紙に貼ってしまうと、この厚みが消える。
ただし浮かし額装は、紙と線をそのまま晒す仕立てでもある。裏打ちや布で補える伝統的な表装と違って、逃げ場がない。だから浮かせると決めた作品ほど、書くときの余白の取り方が変わる。額の内側にどれだけ白を残すか、下見で壁に仮に掛けながら決めていく。仕立てと書き方の違いは表装と額装 — 仕立てが作品を決めるに、なぜこの街の光を選んだかは麻布十番で個展をひらく理由に書いた。
額装した全紙を壁に掛け、少し離れて見上げると、手のなかにあった一枚が、はじめて他人の目に渡る形になる。書き終えてからのほうが重い、というのはそういうことだ。仕立ては後付けの飾りではなく、書きはじめる前からもう始まっている。会期や道順は個展「Zen 展」のご案内にまとめている。
