夢香

コラム

なぜ麻布十番で個展をひらくのか — 書と、この土地の余白

2026-07-16

なぜ、六本木ではなく麻布十番なのか

初個展「Zen 展」を開く場所を探していたとき、私はいくつかの街を歩いた。世界の美術が集まる六本木は、書を現代美術として見せるには申し分ない。国立新美術館も森美術館も歩いて行ける。それでも私が最終的に選んだのは、隣り合いながらほんの少し速度の違う麻布十番だった。

理由は、この土地が持つ「間」にある。大通りから一本入ると、老舗の豆菓子屋や蕎麦屋が残る商店街があり、その先に十番稲荷の鳥居が見える。各国の大使館が近く、路地では外国語が普通に耳に入る一方で、奥へ進むほど驚くほど静かになる。国際的でありながら人の背丈を超えない街——白を背景ではなく素材として扱う私の書と、この土地の余白は、構造がよく似ている。だからここに決めた。

街の速度が、線の速度を決める

会場のパレットギャラリー(東京都港区麻布十番2-9-4、南北線・大江戸線の麻布十番駅から徒歩約3分)を初めて下見した日、私は巻いた全紙(84×160cm)を一本抱えて坂を上った。作品を運ぶという行為は、街を体で測ることでもある。壁に仮に掛けてみると、北からの窓の光が墨のにじみの縁をやわらかく拾い、蛍光灯の下で見たときとは別の表情が出た。この光なら、青墨の冷たさも茶墨の温かさも殺さずに見せられる。手が壁の高さを覚えた瞬間に、この場所だと決めた。

大きな白い箱のような会場も見た。天井が高く立派で、けれど巻いた紙を掛けた瞬間、作品が空間に浮いて冷たく見えた。書は、器が大きすぎると呼吸を失う。麻布十番の、駅から歩いて息が上がる前に着いてしまう距離感、商店街の物音がかすかに届く程度の壁——そのくらいの人の気配のなかでこそ、一本の線は生きると私は考えている。

六日間だけ、香と音とともに

会期は2026年8月5日から10日までの六日間、会期中無休。短いのはわざとだ。この街の夏は、月末の納涼まつりに向けて少しずつ熱を帯びていく。その手前の、まだ静かな六日間に、書・香・音の重なる空間を立ち上げたかった。下見の日、私は試しに一種類の香を焚いてみた。墨のにおいと香が喧嘩しないか、体で確かめるためだ。膠のわずかに甘い残り香の上に、細く白檀がのって、部屋の奥行きがひとつ深くなった。展示に香と音を入れる意図は書の展示に香りと音を入れた理由に、はじめて会場を訪れる方へは個展の歩き方に書いた。会期や道順の詳細は個展「Zen 展」のご案内にまとめている。土地を選ぶことは、すでに作品を書きはじめることだった。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。