夢香

コラム

知足 — 足るを知る、という禅語を書く

2026-07-08

「知足」という二文字

吾唯足知(われ ただ たるを しる)。京都・龍安寺のつくばいに刻まれた言葉として知られる禅語である。

足りないものを数えるのではなく、いまここにあるものの豊かさに気づく。知足とは、我慢や諦めの言葉ではない。すでに満ちていると知る、静かな肯定の言葉だ。

禅語を書くということ

禅語を書くとき、意味を「説明」する線は選ばない。

「知足」であれば、線そのものが足りている必要がある。余分な飾りを削ぎ、墨の量も、速度も、紙の上で使う場所も、必要なぶんだけ。書き手が満ちていなければ、見る人に静けさは届かない。

墨と和紙と筆。三千年以上続く書の伝統は、この三つだけで成り立ってきた。道具の少なさそのものが、知足の思想と響き合っている。

一枚に辿り着くまで

「知足」の二文字を、半切1/2(35×68cm)の紙に縦に置く。二文字だから易しいと思われるかもしれないが、字数が少ないほど一画の重みは増す。ごまかす場所がない。

私はこの二文字を、濃い黒ではなく青墨で書くと決めた。純黒は主張が強く、「足るを知る」の静けさと拮抗してしまう。青みを含んだ、少し引いた黒。墨をすり、試し書きを重ね、濃さが決まってからようやく本紙に向かう。

難しいのは「足」の最終画だった。長く払えば饒舌になり、短く止めれば硬くなる。満ちて、なお余白を残す——その一画の加減を掴めず、床に並んだ書き損じは二十枚を超えた。正座の膝は痺れ、膠のあの少し甘く重い匂いが部屋に満ちていく。二十一枚目で、ようやく筆を止める場所が見えた。数えることをやめた線が、いちばん足りていた。足るを知るとは、書く手のほうが先に教えられることらしい。

展示空間の中の「知足」

2026年8月、麻布十番のパレットギャラリーで開催する初個展「Zen 展」では、禅語をもとにした書を発表する。

会場は、書、香、音の三つで構成した。歩く速度が自然と緩み、一枚の書の前で立ち止まる。その数分間が、日常の中の「足るを知る」時間になればと考えている。

会期は8月5日(水)から10日(月)まで、入場は無料。詳細は個展ページにて。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。