コラム
臨書という稽古 — 古典を写して、見つけるのは自分の癖
2026-09-04
似せるためではなく、ずれを見つけるために写す
臨書(りんしょ)は、古典の名品を手本に置いて自分でも書く稽古だ。ただ、長く続けてわかったのは、臨書の目的は手本にそっくり似せることではない、ということだった。似せようとしているうちは、たいてい似ない。むしろ写しながら見つかる「手本と自分の線のずれ」——そのずれの正体が自分の癖で、臨書はそれを一つずつ教わる時間だと私は思っている。
朝の稽古で、私は半切1/2(35×68cm)に王羲之の「蘭亭序」の一行を、同じ行だけ何十回と書く。最初の数枚は、自分では手本どおりに引いたつもりでいる。ところが並べて見ると、私の横画はことごとく右肩へ上がっている。手本の横画はもっと水平に近い。上げているつもりはないのに上がる——これが癖だ。癖は、自分の書だけを見ていても永遠に見えない。千六百年前の線という物差しを隣に置いて、はじめて浮かび上がる。
形だけ真似ていた頃の失敗
臨書を始めたばかりの頃、私は形をなぞることに必死で、結局「自分の癖のまま手本の字を書く」ことをしていた。はねを急ぐ癖、終筆を止めきれずに流す癖——それを抱えたまま、字の輪郭だけ手本に寄せる。だから手本の緊張感はまるで写らず、ただ字が並ぶだけの紙が積み上がった。にかわの匂いのする墨をどれだけ磨っても、線に手本の呼吸が宿らない。
変わったのは、写す前に手本をしばらく「見るだけ」にしてからだ。どこで筆が入り、どこで速くなり、どこで止まるか。線の方向と速さを目で追ってから筆を下ろすと、写しているのは形ではなく運筆になる。書のなかで一本の線が担うものが、少しずつ手本の側に近づいていく。見る時間を惜しんで手だけ動かしていた頃が、いちばん遠回りだった。
一つの古典を、季節をまたいで
私は、多くの古典に浅く触れるより、一つを半年ほど掘り下げるやり方を選んでいる。同じ手本を書き続けていると、ある朝ふいに、昨日まで見えなかった細部——たとえば一画の起筆のわずかな溜め——が見える瞬間がくる。この「見えなかったものが見える」瞬間のために臨書をしていると言ってもいい。手本を替えてばかりでは、この瞬間に届く前に浅いところで移ってしまう。
写す古典は、そのとき自分に足りないもので選ぶ。線が硬いと感じる時期は王羲之の行書で連続と速さを、逆に線が甘いと感じる時期は楷書の古典に戻って一画ごとに止まる稽古をする。臨書はいつも、自分の書の現在地を測る物差しになっている。この見方は楷書・行書・草書のちがいを手で確かめる作業でもある。
写すほど、自分の書が濃くなる
「古典を写してばかりでは自分の書が育たないのでは」と聞かれることがある。私の実感は逆で、臨書を深めるほど、自分の線ははっきりしていく。手本という大きな鏡に照らされると、自分がどんな線を美しいと感じ、どこで無意識に力を抜いているかが見えてくる。癖のうち、直すべきものと、残していい自分の呼吸とが分かれてくる。その選り分けが、そのまま「自分の書」になっていく。
臨書は上達の近道でも遠回りでもなく、書き続けるかぎり終わらない対話だ。臨書という稽古が何を指し、どんな古典を手本にするのか——その来歴と段階は臨書——古典を写すことで、自分の書が生まれるに書いた。写すことは真似ることではない。千六百年前の誰かの手と、いまの自分の手を、一本の線の上で重ねてみることだ。
