夢香

コラム

最初の一本をどう選ぶか — 大人がはじめる書の筆

2026-07-11

「どの筆から始めればいいですか」

TikTok LIVE で一番よく届く質問のひとつが、これだ。大人になってから書を始めたい、まず何を一本買えばいいか——。道具の入り口で迷って、そのまま始められない人がとても多い。今日は、その迷いを一本に絞る話を書く。

先に結論を言う。半紙用の、兼毫(けんごう)の中筆を一本。これが私の答えだ。理由はこのあと書く。

毛の話 — 柔らかい・硬い・その中間

筆は穂(ほ)の毛で性格が決まる。大きく三つある。羊毛(ようもう)は柔らかく、墨をたっぷり含み、にじみもかすれも豊かに出る。ただし柔らかい分、穂先が言うことを聞かない。剛毛(ごうもう)——馬やいたち、狸の毛は硬く弾力があり、線がまっすぐ決まりやすい。扱いやすいかわりに、表情はやや硬めに出る。

兼毫は、その二つを混ぜた筆だ。芯に硬い毛を据え、外側を柔らかい毛で巻く。弾力と含みの両方がほどよくあって、楷書も行書も一本で回る。最初の一本に兼毫を勧めるのは、ここだ。羊毛は魅力的だけれど、穂先が定まらないうちに柔らかい毛と格闘すると、「自分には向いていない」と勘違いして辞めてしまう。始めのうちは、手の言うことを半分は聞いてくれる筆がいい。

高い筆で遠回りした話

正直に書くと、私自身が道具で遠回りした。稽古を本格化させた頃、いい羊毛の太筆を奮発して買ったことがある。一万円を超える一本だった。ところが穂先がやわらかすぎて、線の起筆で毎回ぶれる。高い筆なのに書けない自分が情けなくて、しばらくその筆を持てなかった。あとで師に「それはもっと先の話」と笑われた。道具は、いまの手に合うかどうかがすべてで、値段ではない。

最初の一本は、二千円から三千円ほどの兼毫で十分だ。むしろその価格帯を、穂が墨で真っ黒になるまで使い込むほうが、ずっと上達する。

おろし方と、最初の手入れ

新しい筆は、穂が糊で固めてある。半紙用の中筆なら、根元まで全部ほぐす。ぬるま湯に浸けて、指の腹で優しく揉むように糊を落とす。半分だけおろす人がいるけれど、中筆は全部おろして構わない(特大の筆は別だ)。私は最初、もったいなくて半分だけおろして使い、穂の奥に古い糊が残って毛が割れたことがある。あの割れ方は、いま思い出しても惜しい。

使い終わりは、水でよく洗って穂先を整え、吊るして乾かす。この一連を面倒がらない人は、たいてい続く。毛の種類をもっと知りたければ筆の種類と選び方を、まず構えから入りたい人は筆の持ち方を、洗い方の細部は筆の手入れを読んでほしい。

最初の一本は、正解を当てるゲームではない。手に馴染む一本を決めて、墨で汚しながら、その筆と自分の癖をすり合わせていく。選ぶとは、始めるということだ。

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。