コラム
はじめてギャラリーに行く人へ — 個展の歩き方
2026-08-08
入場料も、買う義務もない
はじめて画廊の扉の前に立つとき、多くの人が同じところで足を止める。何か買わないといけないのだろうか、きちんとした服で行くべきだろうか——。麻布十番のパレットギャラリーで開いている個展「Zen 展」も、入場は無料で、受付で記帳する必要も、作品を買う義務もない。私はただ、通りかかった人が気負わず入れる場所にしたかった。だから会期中(2026年8月5日〜10日)は扉を開けている。中をのぞいて、合わなければそのまま帰ってくれていい。それも鑑賞のひとつだ。
服装も構えなくていい。ドレスコードはない。ただ一つだけ、私は靴だけは歩き慣れたものを勧める。書の展示は、一枚の前で半歩下がり、また半歩近づく、その往復で見えるものが変わるからだ。ヒールで固まって立っているより、床を静かに動ける靴のほうが、線は多くを見せてくれる。
「分からない」まま、黙って見ていい
会場に作家本人がいる——在廊——ことは、小さな画廊では珍しくない。Zen 展でも、私はほとんどの時間、壁際の椅子に座っている。入ってきた人が軽く会釈だけして、あとは黙って見ていく。それでいい。話しかけなければ失礼、ということはない。むしろ私は、来た人が作品と二人きりになる時間を邪魔したくない。
でも、もし何か聞きたくなったら、いつでも声をかけてほしい。「これは何と書いてあるんですか」でも、「なんだか分からないけれど気になって」でも構わない。分からない、はいちばん正直な入り口だ。線の見方については書道展の楽しみ方に書いたけれど、知識は要らない。半切1/2(35×68cm)の一枚を、私は額の中心が立った人の目線よりわずかに下に来るように吊っている。少し見上げるくらいで、起筆の入りがいちばん生きるからだ。その高さは指では決められず、脚立を立てて三歩下がっては直し、体で決めた。あなたが半歩下がってその線を見てくれたとき、私が体で測った高さと、あなたの目線が、はじめて出会う。
写真も、滞在時間も、あなたのペースで
写真を撮っていいかは画廊によって違う。Zen 展では、フラッシュを焚かず、ほかのお客さまが写り込まない範囲でなら撮ってもらって構わない。迷ったら受付か在廊者に一言聞けばいい。断られても気にしなくていい。作品を守るための線引きは、どの画廊にもある。
滞在時間に決まりはない。五分で帰る人も、一時間いる人もいる。私の展示は書・香・音を重ねた空間で、奥に進むほど墨のにおいに細く白檀がのる。膠のわずかに甘い残り香に気づく人は、たいてい長くいてくれる。それでも急いでいるなら、気になった一枚だけ見て帰るのでいい。全部を見なければ、ということはない。
麻布十番という街を会場に選んだのも、来た人がゆっくり半歩を踏める静けさが欲しかったからだ(麻布十番という街)。会期と道順は個展「Zen 展」のご案内にまとめてある。扉は開いている。構えず、靴だけ歩きやすいものを履いて、ふらりと来てほしい。それが、いちばんいい歩き方だ。
