コラム
龍 — 十六画は、数えるほど書けなくなる
2026-09-08
龍は、数えると書けない字
「龍」は十六画ある。日常で使う「竜」は十画で、こちらが常用漢字だ。だが名前や作品で力と気運を託したいと請われるとき、選ばれるのはたいてい旧字体の「龍」のほうだ。画数が多いぶん、字面に重みと格が出る。もとは頭に冠をいただき、体をくねらせ、鱗を連ねて空へ昇る一匹の生き物を写した象形。だから「龍」は、静かに座らせる字ではなく、いままさに動き出す気配を含んだ字だ。ところが、この十六画を「十六の仕事」として一画ずつ数えにいくと、必ず書けなくなる。一画目でもう十五画先の余白を心配し、手が縮こまる。私も稽古を始めた頃、画数の多い字は数えて構えてしまい、線が一本ずつ硬くなった。龍を書けるようになったのは、数えるのをやめてからだ。
十六画を「四つの塊」で捉える
私は「龍」を、十六画ではなく四つの塊として見る。まず字を左右に割る。左は縦に積む半身、右も縦に積む半身——二本の塔が並んで立っている、と捉える。左の塔は上の「立」と下の「月(にくづき)」の二段。右の塔は上の点画と、その下に連なる三本の横画。この四つの塊にいったん分けてしまえば、あとは塊ごとに息を継げばいい。塊の中では筆を止めず一気に、塊と塊の境で一度呼吸する。十六画を通しで書こうとすると息が続かず線がばらつくが、四つに分ければ一つあたりは四、五画。それなら手はもつ。左右二本の塔の背丈をそろえ、間をわずかに空けて向かい合わせに置く——この骨格が決まれば、龍は半分書けたも同然だ。一画ずつの筆順は漢字辞典の「龍」に、常用の「竜」と並べて載せた。
横画をそろえない——気運は不揃いから出る
「龍」でいちばん崩れやすいのは、右下に連なる横画だ。以前、依頼で「龍」の一字を半切1/2(35×68cm)に書いた日、この横画を定規で引いたように等間隔・等長でそろえてしまったことがある。字は整った。整いすぎて、のっぺりと平らになり、あの昇っていく気運がどこにも残らなかった。十数枚反故にして分かったのは、龍の力は不揃いから出るということだ。書き直すときは、横画の間隔を上をやや詰め下を開き、長さも一本ずつ変えた。等間隔をやめただけで、字の中に空気の層ができ、鱗が波打つように動き出す。もう一つ、右側は画が密集して墨を食う。私は右の塔に入る前に必ず筆へ墨を含ませ直す。ここで墨が切れると、いちばん見せたい部分が掠れて力を欠く。逆に、あえてその掠れを気運として活かす日もある——どちらを選ぶかは、その日の紙と墨の乗りを見て決める。運筆の緩急そのものについては運筆——筆はなぜ「速さ」で決まるのかに書いた。画数が多くても、結局は塊の中を通る一本の線の勢いに帰ってくる。
「龍」は十六画。だが数えて構えれば構えるほど書けなくなる。四つの塊に分けて息を継ぎ、右の横画をそろえずに不揃いのまま走らせる。数えるのをやめ、塊ごとに手を通したとき、その一字はようやく、いま昇っていく生き物の気配を宿す。
