夢香

コラム

重心と書——体の中心から動く

2026-10-20

稽古を重ねるうち、細かな技術とは別に、「書いているときの体の重心がどこにあるか」が線に直接出ることに気がついた。

肩の力を抜いても、腕の使い方を変えても、なぜか線が安定しないとき——その原因が手や腕ではなく、体の中心が浮いていることだったと気づいたのは、大字書の稽古に入ってからだ。

重心が高いと、線が揺れる

全紙(70×136cm)を床に置いて書くとき、体は立ち、腰から前傾する姿勢になる。このとき、重心が胸よりも高い位置にあると、腕を動かすたびに体幹全体が揺れる。揺れが腕に伝わり、穂先に伝わり、線がぶれる。

試しに、膝を軽く曲げて重心を意識的に下げたまま書いてみた。腰が落ち、体が安定し、同じ速さで腕を動かしても穂先の軌跡が一定になった。腰の安定は不可欠だが、重心そのものが高ければ、その安定も線には伝わらない。

下腹部——丹田と呼ばれる場所——に意識を置いて書くとき、体は自然に重くなる感覚がある。「腹に力を入れる」というより、「腹の下に体の中心が収まっている」感覚だ。スポーツで「体幹を使う」という言い方をするが、書の場合は体幹を「安定させる」ことが先で、「使う」ことは後だと思っている。

座って書くとき

机に向かう半切(35×136cm)の稽古でも、重心は意味を持つ。正座や椅子座りのとき、腰が前に滑り出て骨盤が後傾すると、背中が丸まり、肩が上がりやすくなる。骨盤をわずかに前傾させ、坐骨で床を押すように座ると、重心が下に落ちる感触がある。この状態で書くと、腕が「体から生えている」ように動く。

着物を着て稽古するとき、帯の締め付けが丹田の位置を常に意識させることに気がついた。帯が腰を支えているのではなく、帯があることで自分の体の中心がどこにあるかを感じ続けられる。大会・発表の場でも着物を着る理由のひとつは、この感覚的な補助にある。

線の主語は体

呼吸と書の記事で、息を吐きながら書くと線が伸びると書いた。その呼吸も、重心が低いほど深くなる。浅い呼吸をしているときは重心が上がっていることが多く、呼吸の深さで体の状態を確認できる。

腕を動かして線を引いていると思っていたが、本当は重心の位置が線の質を決めている——稽古を重ねるにつれ、その実感が強くなった。視線が穂先より前を見るように、体の中心が低く安定しているとき、穂先は意図した場所へ向かう。

線の主語は手ではなく、体の中心だ。

夢

執筆・監修

夢香 MUKYO

東京を拠点に活動する書家。古典に立脚した書から現代的な書まで手がけ、書の魅力を世界へ発信する。